培養上清
再生医療といえば、幹細胞(ステムセル)移植が有名で、現在も盛んに研究が行われています。ノーベル医学賞を受賞した山中教授が発見したiPS細胞(人工多能性幹細胞)もそのひとつです。
近年動物で行われてきた幹細胞移植は、治療対象の動物自身から脂肪組織などの細胞を摘出し、その中から幹細胞を抽出して細胞培養で増殖させ、動物に移植する(治療対象の組織中に注入する)、という方法が取られてきました。劇的な回復が得られた症例もありましたが、成功率は低く、時間と費用のコストも非常に大きいものでした。
馬における再生医療は、不治の病である浅屈腱炎(いわゆるエビ)に、その馬の脂肪組織を採取して培養した幹細胞を移植して成功した例が有名です。しかし、移植細胞の生着率は低く、うまくいかない例も多かったようです。
人間でも同様で、山中教授が開発したiPS細胞も、人の網膜、心不全、再生不良性貧血、パーキンソン病などへの応用が考えられていますが、まだまだ研究段階で、ガン化のリスク、生着率、コスト、有効性の問題が解決できていないようです。幹細胞は何にでも分化し増殖するので、がん細胞にもなりやすいというリスクもあるわけです。
ところが、歯科医師であり再生医療の専門家である上田実先生の開発した“培養上清”は大きな発想の転換で、ある種の幹細胞を培養した上澄み液に、培養細胞が放出した生理活性物質が含まれており、実はこの上澄みの液体(上清)こそが再生医療の主役となることが発見されたのです。馬の屈腱炎に対し多くの幹細胞移植を試みられた社台ホースクリニックの田上先生も、以前この培養上清に言及し、「今後は培養上清が主流になる」とおっしゃっていました。
実際に、この培養上清は、小動物では臨床試験という形で臨床に応用されてきており、およそ5000例の小動物に応用され、臨床例を積み重ねているそうです。ただし、あくまで医薬品扱いではなく、動物の再生医療に関する規制や法律もないため、獣医師と飼い主の合意の元で行う臨床試験という形でのみ行う事が出来ます。5000例の使用例があるとはいえ、まだまだ研究中だといえます。
小動物での治療効果の可能性のある疾患は、以下のとおりです。
皮膚欠損、やけど、椎間板ヘルニアや馬尾症候群による神経麻痺、加齢性の骨関節炎、慢性腎疾患、肝臓疾患、心疾患(僧帽弁閉鎖不全)、肥大型心筋症、前庭障害・ホルネル症候群・脳梗塞などの脳疾患、糖尿病、白内障や緑内障・網膜疾患などの眼疾患など、さまざまな疾患への応用の可能性があります(まだエビデンスは確立されてはいません)。
培養上清による治療方法は、バイアルに入っている上清液を希釈し、皮下注射するだけという、非常に簡便で、費用も安価です。従来の幹細胞移植に比較して、動物にも飼い主にも負担は軽減され、再生医療が身近になったといえるでしょう。
馬に関しては、再生医療の対象は、やはり浅屈腱炎が考えられます。実際に、幹細胞移植が行われましたので、培養上清の臨床対象としても、比較対象として適用が考えられます。馬では、その他にも、さまざまな疾病への適用が考えられます。例えば、蹄葉炎、さまざまな骨折、(労作性、外傷性、老齢性などの)関節炎、繋靱帯炎、外傷、外傷性角膜炎、網膜疾患、神経麻痺などの神経疾患、子馬の難治性疾患(肺炎や下痢など)、子馬の肢軸異常、繁殖牝馬の子宮内膜炎(線維化)etc…
いずれにせよ、臨床試験によって安全性、有効性が確かめられているわけではなく、医薬品の扱いでもないため、獣医師と飼い主の責任の下で実施できる治療です。
下図は、JRAが行った浅屈腱炎への幹細胞移植の紹介写真ですが、そこには幹細胞移植というより、「サイトカイン療法」と書かれており、移植した幹細胞が産生するサイトカインが治療効果を出すとされています。まさに、この上田先生の培養上清(に含まれるサイトカイン)による効果を認めています。
以下、開発者の上田実先生のインタビュー記事を参考にしてください。
https://u-factor.com/2020/09/13/ueda_interview/