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馬に対する鍼治療

獣医学の歴史は、20世紀までは“馬医者=馬医”の歴史でした。

古代から戦前までは軍馬や農耕馬が多く、馬は生活の中に密着しており、しかも代えがたい財産として、重要な労働力として、場合によっては戦争の道具として人々の生活や国を支えてきました。
当然、高価な馬が疾病に罹ったり怪我をした場合に治療を行う馬医がいつの時代にも存在していました。

中国の伝統医療を「中医学」と呼びます。中医学の基礎は2200年ほど前に書かれたとされる「黄帝内経 こうていだいけい」で既に完成していると言われています。この黄帝は、伝説の中国最古の皇帝とであり、この黄帝の時代には、すでに馬医が存在していたとされ、やはり鍼灸や薬草によって治療を行っていたようです。

では、日本はというと、聖徳太子が、中国から渡ってきた僧侶から、馬医の技術を伝えさせたと記録が残っています。その後、日本で独自に馬医は発展しつつ、その時代、時代で中国やヨーロッパから知識や技術を学んで取り入れてきました。

小動物の獣医学も、昭和の時代に西欧を追いかけるように発展していきました。その結果、日本の獣医学も急速に発展し、世界に比肩できるほどになりました。しかし、獣医学の鍼治療・中獣医学は古代から広く認められ、アジアだけでなく、最近ではアメリカでも認められ、学校も出来て普及しているそうです。

獣医学でも、西洋医学と中医学(東洋医学)を合わせて補完し合う『統合医療』が、これから求められていくのだと思います。

さて今回、鍼治療を行った症例の紹介と子馬の屈腱拘縮症への応用の可能性を検討しました。

実際の鍼治療

  • 去勢馬 
  • 年齢 30歳 
  • 引退乗馬
  • 初診時起立不能で8時間経過
  • 本来であれば安楽死も検討される
治療前の様子
実際の鍼治療の様子
三稜針 人や小動物に使用する鍼より太く先が三角形
低周波療法中

鍼治療後12時間程で突然自力で起立し餌を食べ始め、翌朝には放牧可能になり奇跡的な回復を見せました。

治療後 3日目の様子

馬の屈腱拘縮症

屈腱拘縮症は、子馬から1歳までの馬に見られる病気で、屈腱の収縮により球節や蹄の角度が大きく立ち、痛みや歩行の困難を引き起こします。

:浅屈腱と浅屈筋 繋の骨につながっている。これが拘縮すると繋が立つ。  
:深屈腱 蹄骨につながっているのでこれが拘縮すると蹄角度が立つという理屈。
球節、蹄に異常が起こることをそれぞれ

  • 球節・・・繋の峻立 Upright Pastern
  • 蹄・・・クラブフット Club Foot
    といい繋の峻立は程度によって、バレリーナ症候群や突球と呼ぶこともあります。

繋の峻立

一見正常のようだが、繋の角度がやや立っている。所謂”繋が固い”という状況。多くの場合、肩の角度と同じであることに気づくと思う。

クラブフット

この蹄は生後数ヶ月のものだが、繋の角度と蹄の角度を比較すると平行ではないことがわかる。良く見ると、出生時の蹄が少し残っている。その角度とも異なって立っていることがわかる。

クラブフットのグレード (JRAの図より)

《症状》

繋の峻立

  • 軽症 殆どの場合は軽症で、跛行はなく球節の沈下が少なく、歩様が固い状態
  • 重症 いわゆる突球になり歩行も困難になる

クラブフット

  • 軽症 跛行はなくクラブフットに気がつかないこともある 蹄が狭窄する場合がある
  • 重症 跛行がみられることもある 育成期のトレーニング中に故障につながることもある

《原因》

原因は、栄養過多・遺伝・運動不足による急成長によるものや、外傷・土壌の硬さ・草のクッション不足・過度な運動によって蹄や関節に痛みが生じることで負重を避け筋肉・腱が拘縮することによって起こります。

Auer 先生の本から抜粋・翻訳
服巻 滋之のアバター

日本でクラブフットが多い理由を考えました。(子馬のセリで、出場馬全頭を観察したところ、正確ではないにしろ3分の1ほどの子馬の蹄角度が、グレード1程度立っていました。ケンタッキーで見たところでも、10頭中2頭は蹄角度が立って見えました。)遺伝的な要因はあると思いますが、ここでは省いています。

日本、特に日高では、馬の頭数に比べて放牧地の面積が狭く、馬の密度が高い牧場が多いと思います。また、密度は低くても放牧地の面積が狭い(2ha以下)場合も、牧柵に沿った蹄跡や木戸口周辺が硬くなり、草が生えず、クッションの低い固い放牧地になっている所を観察できます。

さらに、肥料の不足や施肥のタイミングが悪い、掃除刈りが不適切、なども相まって放牧地が固くなり、蹄や関節を痛めたり、骨端炎が痛くなることによって、片足の負重を避けるようになった結果、屈腱(クラブフットの場合は深屈腱)が拘縮し、クラブフットになるというわけです。

また、栄養がアンバランスだったり、運動量が少ないと、蹄や骨格が弱く、蹄や関節、骨端炎の痛みが生じやすいということにつながります。同じ理由で浅屈腱が拘縮すると繋の峻立が起こります。

4月〜5月に雨が少なく、青草の伸びが悪い乾燥した年は、子馬の繋の峻立やクラブフットの発生が多くなることを経験しています。

《治療法》

  • 消炎鎮痛剤(内服薬&外用薬)
  • 運動制限
  • 装蹄療法
  • 関節のサプリメント(グルコサミン)
  • 筋弛緩剤(OTC、経口薬)
    などが一般的に知られています。 

参考にした馬の鍼の教科書です。右の”Acupuncture Points on the Horse”の方がイラストが多いのでこちらから有用なツボの候補を紹介します。

馬の最重要経穴。全般的な跛行およびその予防。

  • 蹄葉炎
  • 前肢の関節の痛み
  • ナビキュラー・シンドローム
  • 蹄底の圧痛
  • 肢の血流問題
  • 前肢の炎症全般
  • 主に疝痛
  • 前肢の虚弱や麻痺
  • 痛み・炎症
  • 喘息(息癆)
  • 肺や心の気の詰まり
  • 腱の問題
  • 局所的な関節痛
  • 挫傷
  • 捻挫
  • 肩の痛み

天髎:TH-15 肩や首の問題、痛み。繋靱帯の問題全般。 
関衝:TH-1

新薬:FL-1
FL-3,FL-4

などの有用なツボの候補があります。ただし、子馬は痛みに過敏な場合が多く下肢は特に痛みを感じやすいので鍼ではなく温灸やレーザー治療も検討されます。
今後は、屈腱拘縮症の鍼灸法のエビデンスを構築していきたいと考えております。しかしそれには、臨床獣医師と生産者の理解と協力が必要です。

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